東大における女性の歴史

1970~2000年代の男女共同参画推進

最終更新: 2022年3月19日

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1975年に「国際婦人年世界会議」が開催され、世界各地において婦人問題をめぐって活発な論議が湧き上がった。同時期に、女性解放運動と大学改革運動が結びついて「Women’s Studies」という新しい学問領域がアメリカで生まれ、「女性学」の訳語で日本に紹介された。

 

国内初の女性学講座は、東京大学文学部の卒業生であり、当時和光大学の助教授であった井上輝子によって開設された。女性学は従来の学問が研究対象も担い手も男性に偏った男性中心主義であることを批判し、女性の視点や経験を入れた学問の再構築を求めた。また、社会的につくられた性差を「ジェンダー」という概念でとらえ、女性を抑圧する社会構造を解明し、性差別解消運動の理論的な柱となった。このような社会背景のもと、東京大学に進学する女子学生も増加した。


 1979年、大学受験において共通一次試験が導入され、1987年には国立大の複数受験ができるようになったことで女子学生はさらに増え、ついに東京大学でも女子が入学者の1割を占めるようになった。東京大学が女子学生を受け入れるようになってから実に40年後のことである。


そして1985年に、東大初の女子学生であった国会議員の森山眞弓(1950年卒)、赤松良子 (1953年卒) 、高橋久子 (1954年卒)の歴代労働省婦人少年局長をはじめ、多くの東大出身の女性官僚たちの努力により「男女雇用機会均等法」が制定された。さらに、1999年には雇用に関してだけでなく社会活動全般において男女が「性別にかかわらず、その個性と能力を発揮できる」社会を目指す「男女共同参画社会基本法」が施行された。

 

当時国の機関だった東大でも、男女共同参画に向けた具体的な取り組みが求められた。その結果、2006年には男女共同参画室が発足し、2007年以降にはキャンパス内に保育施設が正式に整備され、女性研究者への支援が行われている。また、前期教養課程の「ジェンダー論」(瀬地山角教授)など、文理に開かれたジェンダー教育が行われはじめたのもこの頃である。

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